感謝で終わらせない、という選択
- 2 日前
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ある利用者さんで、病院からの退院後、理学療法士の専門的なリハビリを受けたくて、市外からわざわざ、家族の送迎で1時間かけて通ってくる方がいた。
近くに、同じような事業所はいくつもある。それでも「ここがいい」と、毎回1時間かけて通い続けてくれた。
その「1時間」が、どれだけの負担なのか、ちゃんと想像してみてほしい。
送り迎えをする家族の時間も、ガソリン代も、天気の悪い日のしんどさも、全部含めての1時間だ。
だいたいは、ここで完結する話だと思う。熱心な利用者さんがいて、それに応える現場がある。美談として、社内報の隅にでも載せて終わり。「ありがたいですね」で、誰もヒーローにも悪者にもならずに終わる話。
でも、うちの会社はそこで終わらなかった。
「その人が住む市で、サービスを始めよう」
正直、最初に聞いたとき、意味がよくわからなかった。一人のために、新しい拠点を作る。コストで考えたら、まったく割に合わない。稟議の途中で誰かが冷静になって止めていてもおかしくない話だと思う。「気持ちはわかるけど、現実的じゃないよね」って。
でも、うちはやった。
指定申請の実務は、正直かなり大変だった。書類も、行政とのやりとりも、一筋縄ではいかなかった。それでも「すぐやって」の一言で、現場は止まらずに動き出した。
その利用者さんは、今もその拠点に通っている。
「自立訓練ができて、本当に良かった。感謝しています」
日報に残っていた、本人の言葉だ。
それだけじゃない。「訓練中の写真を撮らせてもらえないか、もっと広く知ってもらうために」とお願いしたとき、二つ返事で協力してくれたという。1時間かけて通っていた人が、今度は自分から、この場所を誰かに伝える側に回っている。
これは、「人に優しい会社です」という話じゃない。
優しさだけなら、もっと簡単な形でも表現できる。労いの言葉をかける、ちょっとした便宜を図る。それだけでも十分「優しい」と言われる。
でもうちがやったのは、それとは違う。
「この人の人生は、まだ動いている途中だ」という前提に立って、実際に新しい拠点を作った。その結果、その人自身が「ここを誰かに伝えたい」と思える場所になった。
そこまでやって、初めて意味を持つ。
社内でよく言われる言葉がある。
「ないなら、作ればいい。おかしいと思うなら、変えればいい。」
言葉にすると、よくあるスローガンみたいに聞こえるかもしれない。でも、それを実際にこの規模感とスピードでやり続けてる会社は、たぶんそう多くない。
簡単なことではない。覚悟がいることだし、手間もかかる。
それでも、簡単じゃないことを選び続ける会社で、日々働けているのは、悪くないことだと思っている。
この空気に少しでも興味を持ってくださったなら、
私たちがどんな場所で、どんな日々を過ごしているか、覗いてみてください。



